英語歌詞との対比 — 「ABCカフェ」

 英語歌詞との比較シリーズ。※手持ちのCDを基準にしているため、後の歌詞変更や、新バージョンの短縮化で現在の舞台版には存在しない歌詞もある。また( )内に並記の日本語は参考までに私が適当に訳したもの。

ABC Cafe 編

 カフェにやってくるマリウス。「その顔はどうした? マリウス」と訊くジョリ。これは、" What's wrong today? You look as if you've seen a ghost."(今日はどうしたんだ? 幽霊でも見たような顔をしている)。この後マリウスが「彼女は幻 僕に微笑んで 夢のように消えた」とコゼットのことを話すわけだが、英語ではこの ghost と言われたのを承けたマリウスが、"A ghost you say... a ghost maybe. She was just like a ghost to me. One minute there, and she was gone!"(幽霊と言ったかい……おそらくそうなんだ。彼女はちょうど僕にとって幽霊(幻)のようだった、一瞬そこにいたと思ったら、たちまち去ってしまった!)と答える。

 この後マリウスを「こいつはまるでオペラ!」とからかうグランテールの台詞は、"It's better than an opera!"(こいつはオペラよりおもしろい!)となっていて、細かい違いながら、「オペラみたい」なわけではないらしい。さらにこれは、この後アンジョルラスの台詞に繋がっている。"Do we fight for the right to a night at the opera now?"(我々は今、オペラの夜の権利のために戦おうとしているのか?)。直訳すると少々おかしいが、意味としては、この革命は遊戯でやっているのではないんだ、ということだろう。このように、巧みに言葉がリレーされていくのである。

 後半、アンジョルラスはマリウスを諭すため「マリウス わかるけれど」と語りかける。日本語歌詞を聴いたとき、私はこの台詞がどうも腑に落ちなかった。アンジョルラスのような人間にはマリウスの歓喜は絶対に「わからない」だろうと思われるし、それを敢えて、いかに逆接だろうと「わかるけれど」と言ってやるとも思えなかったのである。この箇所の英語版の歌詞は、"Marius, you're no longer a child. I do not doubt you mean it well."(マリウス、君はもう子どもじゃないんだ。君の言うことを疑うわけじゃない)。けれど、と続く。つまりアンジョルラスのいう「わかる」とはマリウスの感情への共感ではなく、「彼は確かにそうなのであろう、それを否定はしないが、しかし」という、客観的な理解なのである。

Little People 編

 私の中では「Little People」はOLCにあるガブローシュのソロナンバー、という認識なのだが、他に題がないので一応これで、今はなき(一部はあるけれど)「学生の裁判」シーン。

 スパイをしていたジャベールの正体が暴かれ、クールフェラックなどが熱く「銃殺だこいつめ!」などと言っているところで、レーグルはジャベールに、「同じ立場ならお前もしたぞ」と言う。何を「した」のか? "You'd have done the same Inspector if we'd let you have your chance!"(もし俺たちが隙を見せたなら、お前も(機を得たりと)同じことをしただろう)。現に互いに殺すか殺されるかという緊迫した状況であり、決して自分たちが不当なことをしているわけではないという主張でもあるのだろう。

 ジャベールは「好きなときに撃て 子どもの遊び 学生の裁判 笑わせるぜ」と答える。「笑わせる」とは随分嘲笑しているような台詞なのだが、英語では "Death to each and every traitor. I renounce your people's court!"(反逆者には死を。お前たち民衆の法廷など私は否認する!)。renounce とは私にはあまり馴染みのない単語だったが、辞書で引いてみると、放棄する・断つという意味の他に、認めないことを宣言する、というニュアンスがあるらしい。この言葉の選択は非常にジャベールらしいう気がする。

 余談だがこの台詞、短縮版で台詞そのものは残っているが前後の旋律が移動して変わってしまった? 以前のほうが、英語版・日本語版共に内容と音の抑揚が合っているように思うので、なくなってしまった人の台詞に比べると贅沢ではあるが、ちょっと残念。

 次いで、コンブフェールの名言。「俺たち死んでも 何かが残る」。内容的にはほとんど同じだが、好きなのでついでに引用。"Though we may not all survive here, there are things that never die."(たとえ我々が誰もここに生き残ることがなかろうとも、決して死なないものがあるのだ)。彼らの革命の精神を表すこの台詞。これも本題から逸れるが、それを承けて懐疑するグランテールの思想を表す台詞と共に、短縮版で無くなってしまったらしいのは非常に残念である。