聞く耳持たない逮捕の話

 "Fantine's Arrest" にて、「話を聞こうか、誰がどうしたか?」と言いながら、ほとんど何も聴かずにファンティーヌを逮捕しているジャベール。これは以下のようなわけである。

 原作では、バマタボワ氏が一方的にファンティーヌを嘲弄して服に雪を入れ、それに対して反撃したファンティーヌが逮捕される。その時点ではバマタボワ氏は逃げていたが、 ジャベールは有無を言わさずファンティーヌを逮捕する(※注 ただし某映画のように暴力的にではないよ!)

 ジャベールにとって、バマタボワ氏は選挙権を有し、立派な家に住まう正しい市民、かたやファンティーヌは賤しい娼婦。正義は市民にあり、ということは疑う余地もないのだ。

 舞台は、英語版の方がこの権威に対して盲目的な信頼を置いている感じが出ている。直訳する自信がないので、あらすじ。

ジャベール「速やかに、この善良な男に手を出した者のことを話しなさい」
バマタボワ「ただ通りかかったらこの娼婦が襲ってきたんだよー」
ジャベール「貴方が全て報告すれば、彼女が法廷で答えることは確かだろう」
ファンティーヌ「私が牢獄にゆけば、子どもは死んでしまうのです」
ジャベール「私は長年、毎日そうした言い訳を聞いている。正しい務め、公正な報いこそが神を喜ばせる道なのだ」
バルジャン「少し待ちたまえ、この人の話を信じてみよう、君は君の義務を果たした。解放しなさい、彼女は牢獄ではなく医者を必要としているのだ」

 といった感じの流れである。

 確かに現代の感覚からすると横暴な決定であり、ジャベールは娼婦という階層を秩序・法の外にある者として憎悪していはするだろう。しかし決してこの決定は邪悪な感情によって行われるわけではないのである。

 そういえば先述の某映画のジャベールは「母は娼婦」と明言しており、なにやら諸々の私情を感じさせる。確かに彼の生い立ちを考えると、社会的アウトサイダーに対する憎悪というものが、決して私情でないとは言えないが。