ジャヴェール — 前書きと概要

— Javert, Inspecteur de 1ère classe —

 レ・ミゼラブルの登場人物たちの中でも、実は原作も読まず、舞台も観ないうちから注目し、今や愛してやまないのがJavert(ジャヴェル、ジャヴェール)。

 ジャヴェルの理想は、人間的たることではなく、偉大たることではなく、崇高たることではなかった。一点の非もないものとなることであった。

ユーゴー、豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル(四)』(岩波文庫)

 人でありながら、人であることを犠牲にしてもなお「一点の非もないもの」となりたかったジャヴェール。一点の非もないもの、それを彼は法と正義に見てしまった。人間であることを一種否定さえしながら、その矛盾に軌道を狂わされ、最後には己の命を絶つに至った、あまりにストイックで厳格で無器用で可哀想な人。

 ……なんて可愛い! ブルドッグだろうと虎だろうと(※注)五十二歳のオジサマだろうと、こんなに可愛いキャラクターはそういるものではない。

 ジャヴェールの生い立ち、その人格を形作った所以は以下のようなものである。

 ジャヴェルは骨牌カルタ占いの女から牢獄の中で生まれた。女の夫は徒刑場にはいっていた。ジャヴェルは大きくなるに従って、自分が社会の外にいることを考え、社会のうちに帰ってゆくことを絶望した。社会は二種類の人間をその外に厳重に追い出していることを彼は認めた、すなわち社会を攻撃する人々と、社会を護る人々とを。彼はその二つのいずれかを選ぶのほかはなかった。同時にまた彼は、厳格、規律、清廉などの一種の根が自分のうちにあることを感じ、それとともに自分の属している浮浪階級に対する言い難い憎悪を感じた。彼は警察にはいった。

ユーゴー、豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル(一)』(岩波文庫)

 Les Misérables —「惨めなる者たち」の織りなす物語。ジャヴェールもまたそのひとりである。貧困や別離といったものは重大にして原始的な不幸だが、ジャヴェールの抱えていたものはさらに文明的、思想的な不幸であった。そしてそれはときに飢餓と同じように、その命を奪うに至るのだが、彼の死については改めて別項で語ろうと思う。

※注:ジャヴェールの容貌について、「まじめな顔をしている時はブルドッグのようであり、笑う時は虎のようだった」とある。