ジャベールに関する弁護

— 彼は自己の有用をもって良心となし、自己の職務をもって宗教となしていた —

ミュージカル版ジャヴェール(ジャベール)に纏わる誤解を解くの巻。

冷酷な人?

 ジャベールは、冷酷な敵役、ともすれば悪役と見なされているのを見かける(気がする)。果たしてジャベールは冷酷な人物なのか。確かに、結果的にそう見えることもあるだろう。しかしそれはあくまで結果であって、彼はただ彼にとって非の打ち所のない正しい事をしているに過ぎず、そこに感情が介在しているわけではないのだ。

 ミュージカル冒頭の仮出獄シーン。(なお原作では、副看守時代には深く関わっていないし、ジャン・バルジャンは仮出獄ではない)妹の子が飢え死にしそうだったから窓を壊してパン一切れを盗もうとしたのだ——というバルジャンの「罪」が簡単に紹介されるところだが、それに対してジャベールの返答は、

飢えは続くぞ 法の重さを知れ

レ・ミゼラブル 日本公演ライヴ盤(東芝EMI)

 しかし、ここでくれぐれも冷たい奴だと思ってはいけない。英語版の方がわかりやすいが、

You will starve again
Unless you learn the meaning of the law.

Les Misérables - The Complete Symphonic Recording (Fisrt Night Records)

 つまり、法の意味を学ばぬかぎり、また飢えることになる。だから法を尊べ! と警告しているのである。教示し、更生させようとしているのだ。もちろん「そういう問題じゃないだろ」というのは確かなのだが、ジャベール的理屈ではそうなるのであって、決して悪意を持って毒を吐いているわけではない。むしろ親切なくらいである。

「うそつき」?

 暴徒の中にスパイとして潜入したジャベールは偽の情報を流すが、少年ガブローシュに見破られる。「嘘つき!」ガブローシュの見せ場でもあるが、嘘つき呼ばわりされるのは、原作ジャベールファンとしては、少々可哀想だなーと思う。

 原作のジャベールは「かつて嘘を言ったことのない男」であり、命令を受けて間諜として潜入するものの、ただ敵情視察をしているだけで、偽情報を流したりはしない。それどころかガブローシュに話を聞いたアンジョルラスが「君は間諜なのか」と問うと、昂然として「政府の役人だ」と正体を明かしてしまう。(ガブローシュが正体を知っていたのは、偶々以前ジャベールに補導されていたため)学生陣に捕まえられて柱に縛られてからも、火薬を節約するという理由ですぐには処刑されなかったので、なお敵情視察の任務は怠らない健気ぶりを発揮する。

「いつでもドジ」?

 ……確かに。ミュージカルでは、冒頭で「忘れるなよ俺の名をー」と偉そうに言ってる(英語版ではさらに「俺を忘れるなよ!」と念を押す)わりに、自分はバルジャンの顔など覚えていないし、対決では気絶させられ(バルジャンが怪力なのは判ってるのだから、それなりの準備をしてきても良さそうなものだ)、テナルディエを構っている間にバルジャンたちには逃げられるし、アンジョルラスたちには捕まってしまうし、決して敏腕警視という感じではない……一所懸命なのにどこか失敗するという。レミゼ天然王に輝くのはマリウスと思われるが、実はジャベールもなかなか良い勝負である。

 原作でも、総じて勇みすぎて悪党を取り逃がしており、日ごろ身だしなみ端正なのについにバルジャンを捕まえられると思わず襟の留め金を乱してやってきたり、ストーブに火を入れすぎてマントを焦がしたり、バルジャンが死んだというニュースをあっさり信じたり(メディアも権威であり、彼にとっては正しいものなのかもしれないが)と、完璧主義なのか抜けてるのかよくわからない人。人間的であることを拒否しながら、その実人間らしさが垣間見えるのだ。

 ……ちっとも誤解を解いていないような。けれど彼が屡々(というか「いつでも」)ドジなのは、結局、権威を疑うことができないからなのだろう。さらには、真っ直ぐで狡いことをしないから。「警察のある種の役人は、陋劣と権威との交じった複雑な特別な相貌をそなえてるものである。ジャヴェルは陋劣の方を欠いたその特別な相貌を持っていた。」とは、原作ジャベール登場時の描写のひとつ。その清廉な無器用さゆえと思えば、ドジでもいいではないか。そんなところも彼の魅力なのである。

「俺は法律」?

 自殺のシーンで歌われるこの歌詞。

俺は法律 なめるな

レ・ミゼラブル 日本公演ライヴ盤(東芝EMI)

 どうにもインパクトのある歌詞で、これを「俺をなめるな」と捉えてしまうと、強気で傲慢な人間とも聞こえてしまう。だが本来これは「法は愚弄されてはならない」という意味である。英語歌詞では、

I am the Law and the Law is not mocked

Les Misérables - The Complete Symphonic Recording (Fisrt Night Records)

 と、主語があるのでよくわかる。とはいえ確かに「俺=法律」であるからして三段論法で同じといえば同じだが……微妙なニュアンスの違いで、彼の思想の有り様がわかるのではないか。

 ここはかなり追い詰められたシーンであるが、多分それまでの彼は「俺は法律」とは言わない人間だろう。彼は権威=正=神を頑なに信じようとする人間である。政府を敬い、修道女を信じる(※1)人間。あくまで法と正義を知らしめるという立場なのである。

 だが、この" I am the Law " という一言も、そんな敬虔な彼が己の生き方を必死で確認しているようで、痛切である。

※1 原作で、バルジャンを逃がすために生涯で初めての嘘をついた修道女の言葉を信じたため、彼を取り逃がす。