Stars — 神に逆らう者

— Sous les Étoiles —

 ミュージカルといっても、『レ・ミゼラブル』にはダンスもなければ旋律のない台詞も殆どない。ポップ・オペラ形式というらしい。そのポップ・オペラ『レ・ミゼラブル』の魅力は、なんといってもあの全編を彩る素晴らしい音楽。まずはジャベールのソロ名曲である "Stars" (邦題「星よ」)について。

 実は、"Stars" こそ日本語版の歌詞が素敵な一曲だと思っている。「星よ」という邦題も祈りの雰囲気が出ていて良い。因みにフランス語版の題は "Sous les Étoiles" 、意味は「星の下で」。

 初めて日本語版スターズを聴いたとき、一目(?)惚れしたのが、この歌詞だった。

星よ 主よ 命かけぶち込むぞ 鉄格子
この星に誓う 俺は

レ・ミゼラブル 日本公演ライヴ盤(東芝EMI)

 「ぶち込むぞ!」という凄いインパクトも手伝って、バルジャン逮捕に命まで懸けてしまうとは、なんて一所懸命で健気な人だろうか。もちろんそれは彼の思想を全うするためなのだが、「正義」というその唯一の道に対するあまりにも深い思いに感銘を受ける。それは思想というものをも既に超越しているのかもしれない。正を全うすることは、彼にとっては、生きることそのものであり、寧ろそのようにしてしか生きられないのが、ジャベールという人間だった。

 この部分の英語歌詞。

Lord let me find him
That I may see him
Safe behind bars
I will never rest
Till then
This I swear
This I swear by the stars!

Les Misérables - The Complete Symphonic Recording (Fisrt Night Records)

 「命かけぶち込むぞ」というには若干弱い気もする。が、こちらは真摯さがよく出ている。この曲に限らずどちらかというと、日本語詞よりも英語詞の方が、ジャベールはストイックで敬虔な人間と見える。宗教・文化的背景もあるだろう。が、この部分に関しては日本語版も良い。因みに、歌詞に感動した後でオリジナル・ロンドン・キャスト盤CDを聴いたところ、この部分の歌詞がないことに気付いてショックを受けたのだが、実はロンドン初演時には、この曲の歌われるシチュエーションが異なったらしい。

 また、

神の道を行くのは俺
あいつは炎へと堕ちてゆく
地獄へ悪魔が堕ちたように

(中略)

つまづけば 痛みという代償を
誰でも払うのは この世の決まりだ

レ・ミゼラブル 日本公演ライヴ盤(東芝EMI)

 ジャベールの思想、信条を一番シンプルに現している歌詞である。「つまづけば痛みという代償を誰でも払うのはこの世の決まりだ」。この言葉を聴くたびに、彼は自ら「代償を払」ってその命を絶ったのか、とも思う。

 この箇所の英語版は以下のとおり。

He knows his way in the dark
But mine is the way of the Lord
Those who do follow the path of the righteous
Shall have their reward
And if they fall
As Lucifer fell
The flame
The sword!

(中略)

And so it has been and so it's written
On the doorways to paradise
That those who falter
And those who fall
Must pay
The price.

Les Misérables - The Complete Symphonic Recording (Fisrt Night Records)

 「地獄へ悪魔が堕ちたように」に関しては、英語の方が理解りやすい。具体的に "Lucifer" となっているのが「悪魔」と訳されているわけだが、Luciferとは最高位の天使でありながらその驕りによって神に叛逆し、地獄に落とされた堕天使である。ジャベールにとっては法と正義こそが「神の道」であった。つまり彼はここで「神に逆らう者」の末路を語っている。

 「神の道」。法と正義という剰りに頑なな信仰に生き、その真摯さゆえに己の内にあった道徳という矛盾を「つまづき」と定めてしまったジャベール。「スターズ」は、ともすれば執念深い敵役と見られがちな彼の真の生き方を伝えると共に、その運命をも予感させる、哀しくも美しい名曲である。

 この曲をインストのカラオケ状態で聴くと、驚くほど印象が違う。2003-2004年公演のジャベール役の一人である今拓哉は、インタビューで「きれいな曲ではありますけど、メッセージとしてはすごく激しくて強くて、決してメロディアスな曲ではないと思っています」と語っていた(『RÉPLIQUE』2003年9月号「わがジャベール」)。柔らかな美しい音楽に、強いメッセージを命として吹き込むのは、まさにジャベールの「声」にかかっているようである。