Les Misérables (Robert Hossein, 1982)

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映画『レ・ミゼラブル』(1982 フランス)ロベール・オッセン監督

Les Misérables (Drama) Robert Hossein / 1982

TVドラマ『レ・ミゼラブル』1982年 フランス
ロベール・オッセン監督、リノ・ヴァンチュラ主演

・現時点で見た中では、一番のお気に入り。
・とにかく映像が美しく、雰囲気は完璧。
・配役も良い感じ、ABCの友が素敵。ただしアンジョルラスの顔が残念。
・サスペンス要素のない物静かな作風で、人によっては退屈かも。
・基本的に、原作から極端に逸脱するような創作はない。
・と思いきや、ラストにびっくり?

個人的評価

映像 :
音楽 :
キャスト :
エンタメ性 :
雰囲気 :
物語の解釈 :
原作に忠実度 :

 ※注:以下は、一番最初にレンタルなどで普及していたVHS版を観た際の感想。VHS版でカットされているシーンが含まれるDVD版に関する補足は後述。

 静かで美しい映画である。(正確には映画ではなくドラマだが、便宜上ここでは映画で統一する)基本的に物語進行は原作に忠実で、それから勝手に逸脱しない代わりに、派手なアクションやドラマチックな要素を(原作にはそうした要素があるにも拘わらず)かなり省いてある。激しい正負の感情の描写、スリル、アクションなどは、敢えて描く意志がないらしい。いわば「娯楽的なところ」がカットされてしまっているので、やや退屈な芸術ものの趣が前面に押し出されており、好みが別れるところかもしれないが、私はかなり好き。

 監督のロベール・オッセンは、ミュージカルのレ・ミゼラブルが現在の形になるより前、最初にパリで上演された際に演出を担当した人物だそうである。

 以下、ネタバレ注意。

 人物の描き方が、やはり非常に静かである。皆、弱い一人の人間としての一面が強く描かれる。テナルディエでさえ、さほど強欲そうには見えない。

 演出も美しいのだが、動的なシーンがほとんどないのが少々残念。たとえばヴァルジャンがアラスの法廷へ赴く前の葛藤もごく静かな描かれ方。ファンティーヌの死も穏やかで、ジャヴェールがヴァルジャンを逮捕しにやってくるのは死後となっている。ヴァルジャンが追われて修道院に辿り着く際、原作にあるような警察に追われて絶体絶命のところ持ち前の能力を活かして壁を乗り越え、その後いろいろと策略を巡らせてフォーシュルヴァンの弟として修道院に入ることに成功するといったいわゆるヒーロー風味のアクションシーンもなく、ストーリー自体は原作と同じく進行しているのだがその味付けは悉くあっさり風味。マリユスとコゼットのラブストーリーもシンプルで、ジャヴェール対テナルディエたちのサスペンスも地味目。アンジョルラスとグランテールの絡みなどもあってないようなもの。さらには、マリユスとヴァルジャンの確執もごくあっさりとしか描かれておらず、テナルディエとマリユスの後半のやりとりもない(※1)。こうしたノリのせいで、登場人物の皆の「善人度」と「静かな人度」が妙にアップしている面もあるが、作風としてはたいへん一貫しているし、全体として大きな不満は感じさせない。

 ヴァルジャンとジャヴェール、この二人の関係はやはりかなり重点的に描かれている。しかも、ヴァルジャンが神に召される最期のシーン、コゼットでもミリエル司教でもなくジャヴェールが出てくるのだ。直前にコゼットとマリユスが駆けてくるショット(?)(※2)があり、基本が原作に忠実なので、きっとこのあと二人が辿り着いたのだろうとは予測されるが、この映画では敢えてそこまでは描かれていない(※3)

 鎖に繋がれた囚人たちが歩いてゆく。倒れてゆく者もあり、囚人のヴァルジャンもまた深く頭を垂れてやってくる。そこへ看守のジャヴェールが歩み寄り、厳しい面持ちでヴァルジャン、と名を呼ぶ。徐に顔を上げるヴァルジャンに、ジャヴェールは "Vous êtes libre." 「お前は自由だ(=釈放だ)」と告げる。これはプロローグなのだが、エピローグのヴァルジャンの死に臨んで、このシーンが再び展開されるのだ。同じように彼の前に立ったジャヴェールがヴァルジャン、と呼ぶのだが、今度は優しく静かな口調で告げる。 "Maintenant, vous êtes libre." 「いまお前は自由だ」(※4)。そこで顔を上げたヴァルジャンは、年老いて白髪になった現在のヴァルジャンなのである。もちろんこのlibreとは、今あらゆる生の苦しみから逃れて神のもとへゆく、その解放であろう。駆けつけたマリユスとコゼットに両手を取られ、そうしておそらくはミリエル司教に導かれて神の元へ召されていくという原作最後の名場面からすると、賛否両論ありそうなラストではあるのだが、個人的には好きである。さらにここでジャヴェールが描かれることは、原作の全く死後もヴァルジャンに理解されることのなかったジャヴェールを不憫に思うほどに涙してしまうかもしれない。この作品に描かれるジャヴェールならば、やはり愛に触れて、最後には救われたのではないかとも思えるのだ。

 ジャン・ヴァルジャン(リノ・ヴァンチュラ)が本当に素晴らしい。先ず冒頭の出獄シーンの囚人の顔だけで、ただものじゃないと思わせられる気迫。おそらくこの非常に静かな全編で最も派手なのはなんと老境のヴァルジャンが死にゆくシーンなのだが、そこへゆくまでの過程が実に自然で、老いていく様も見事。囚人の醜怪な容貌からマドレーヌ市長時代の姿、死の間際まで、すべてがまさにジャン・ヴァルジャンである。

 ジャヴェール(ミシェル・ブーケ)は、ジャヴェールにしてはどこか柔和な容貌である。この作品自体の性格からして敢えてそのようにジャヴェールという男を描いているのかもしれないが、そのため非常に強い信念という彼の根本に欠かせないものが少しばかり弱く見えるのが残念。紳士的で、滅多に声を荒げることもなく過剰に威圧的になることもなく、冷静沈着に仕事をこなしていく生真面目で物静かな警視である。しょっちゅうあたりの埃を払ったりしている(?)神経質そうなとこは良い感じだし、ファンティーヌに対してもヴァルジャンに対しても暴動者たちに対しても、見下している感じが全くないのも個人的には好き。まさに法を全うすることが努めで、そこに感情は挟まない。それだけに、原作に垣間見える暴走ぶりやお茶目さなどは微塵もなく、本当に静のジャヴェールだが、もう少し冷徹さを見せて欲しかったかも。この人だとなんだか「変性」しなくても、ナチュラルにあの手記を遺して死んでしまいそうなので……。そのため少々、命を絶つ動機自体も弱く見えるのが残念。まったくの予備知識なしにこれを見ると不可解かもしれないと思う、まあフランス人にとってはジャヴェールのキャラクターなんて一般常識なのかもしれないが。因みに最後の意見書を書いているのは、馬車の中。細かいことを言えば、卓上できっちりと「最も冷静正確な手跡で」書いて欲しかったな、馬車の中では揺れて乱筆になりそうなので。笑 しかし、この映画は映像的に暗いシーンが多いのだが、ステッキを手に外套とシルクハット姿で立つジャヴェールのシルエットは本当に格好良い!

 ミリエル司教(ルイ・セニエ)は、聖人的な司教様でありながらも庶民的(庶民的というのも違うが、決して手の届かない人ではない飄々とした感じ)な雰囲気がよく出ている。なんと言ってももっともこの作風にぴったりくる汚い面のないキャラクタなので、見事にハマるのも無理はない。司教の妹嬢&マグロワールの二人もとてつもなくぴったり。特にマグロワールの細かい行動がとても良い。

 ファンティーヌ(エヴリーヌ・ブーイ)は、母でありながらどこか永遠に少女的な面のある人物だが、それが非常に相応しく描かれている。フォーシュルヴァン(ポール・プレボワ)も非常にハマっている。ヴァルジャンとの病院でのやりとりは素晴らしい。

 テナルディエ(ジャン・カルメ)もなかなか良い。一般的に、彼はかなり悪の面が強いキャラクターなのに対して(ミュージカルではそれよりもコメディ・リリーフみたいな感もあるが)、やはりというかこの作品では、ミゼラブルのひとりとしての側面が強調されている。社会の底に生きる一人の人間としてのテナルディエである。テナルディエ夫人(フランソワーズ・セニエ)との関係性などはかなり良い感じ。両者とも、個人的に容貌もイメージぴったり。

 エポニーヌ(キャンディス・パトゥ)がこれまたぴったり。醜くて可愛く、下品だが清純、という彼女のどうしようもない難しい矛盾を具現化していて、まさにエポニーヌ。視線が素晴らしい。隣人の部屋にやってきて「イヌ(警察)どもがいる」と字を書いてみせるシーンまであるのに、原作ではパトロン・ミネット絡みのジャヴェール捕物帖の伏線となっているその筆跡は活用されていないのはもったいない。妹のアゼルマも良い。姉妹が、獄死した母親と対面するオリジナルシーンがあるのだが(原作は死んだという記述だけで、詳細はない)、複雑な表情で死んだ母を見つめながらも、その手はそっと亡骸の手の中の十字架をすり盗る。映像化ならではの名場面である。

 ガヴローシュ(エマニュエル・キュルティル)も雰囲気ぴったりで良い。時間の都合もあって弟たちとのエピソードやパトロン・ミネットとの絡みなどの活躍がないのは残念だが。なお映画中でガヴローシュが歌っているヴォルテールの歌はあの "Little People" のフランス語版で、ミュージカルファンにもちょっと嬉しいところである。

 コゼット(クリスティアーヌ・ジャン)は、おそらくこの作品中で(モンパルナス以外では 笑)唯一といっていい美形だが、特に特徴もなく、出番も少なめ。ヴァルジャンとの複雑な愛情があまり描かれていないのは、やや不満。可愛いのだが、他の人のハマり具合に較べると、まずまず普通。

 マリユス(フランク・ダヴィド)も、かなりぴったり。ただし第一印象は「アフロ!?」というくらいの爆発巻き毛、しかし帽子を被ると見違えるように格好良くなる。服が黒でないのが残念。(原作では、最初マリユスは父のために喪服以外を身につけまいと決める)そしてやはり悪の側面(むろんマリユスは悪人ではないが、人間誰しもが持つマイナスの面)がやはり意図的にか、ほとんど描かれていない。エポニーヌに対しても比較的最初から優しいし、学友たちへの友情も厚く、そしてヴァルジャンへの不信感がほとんど描かれない。祖父ジルノルマン(フェルナン・ルドゥー)がかなりハマっていて、途中までは非常に良い感じなのだが、最後にマリユスと和解するくだりがやはり曖昧なのが残念。

 ABCの友メンバーの描かれ方が良い。単に暴動を起こすシーンだけではなく、前提となるかれらの友情と結束、若い熱意といったものが、集合的ではあるもののよく出ているのだ。各個人の出番は少ないが、マリユスが出会うシーンで一部の人は名前も紹介されている。

 問題は、アンジョルラス(エルヴェ・フュリク)。なぜこの配役? と思わせる、お世辞にも美形とは云えない俗っぽい容貌にいまいち品のない声。アンジョルラスの人物像において、美しくストイックであることは結構重要だと思うのだが……演技どうこう以前にミスキャストと感じるが、フランス人と日本人では美的感覚が違うのかな。しかし原作の、長身で金髪の青年という面影すらないのはちょっと。しかし、バリケードでヴァルジャンとジャヴェールが対面するシーンに被せて聞こえてくる演説は素晴らしい。

 マリユスの親友であるクールフェラック(ロバン・ルニッチ)は比較的に出番が多く、ややオヤジ顔(笑)ながらも、美味しいところは確保している。コンブフェールは、哲学者風を超越して魔術師みたいな風貌。グランテールが頽廃的な感じでかなり良いが、異質な人間という感は薄く、比較的に仲良くとけ込んでいるようだ。戦いの最後にはアンジョルラスだけでなく、かれら主要なメンバーが揃って残る。コラント亭二階に並んで立たされる仲間たち。階下で眠っていたグランテールは最後の酒を煽ると、静かに階段を上り、黙ってその列の端に加わる。兵士達が一斉に銃を放つ。倒れる学生たちに被せて、在りし日にかれらが希望に燃え笑いながら共に歩いていたシーンが使われるのは、古典的ながらも効果的で素晴らしい。

 その他、出てくる人物もほぼ原作どおりだが、ガヴローシュの弟たちとマブーフ老人が出てこない。サンプリス修道女は出てくるのだが、ちょっといまいちかも。それから、冒頭で重要な役割を果たすプティ・ジェルヴェ少年は、個人的にはもう少し小さい子のイメージだったのだが。その他では、パトロン・ミネットが脇役だけど、かなり良い感じ。グルメール(だったっけ……)がものすごくハマっている。モンパルナスは原作ではお洒落のためにのみ悪事を働いているというとんでもない設定のキャラだが、そこまでは描かれていないもののちゃんと若くて美形。多分この映画で一番の美青年。

 映像手法などについては詳しくないので何とも言えないが、ファンティーヌが娼婦に堕ちてゆくくだりなど、テナルディエから次々寄越される手紙の朗読を音声として、モンタージュ写真のようなファンティーヌの容貌がそのまま変化していく。マリユスとコゼットが愛し合う年月にも似たような手法がとられている。バリケードの攻防は、効果音なしの美しい音楽を背景にスローモーション映像で描かれる。いずれも効果的で美しいが、やや冗長かもしれない。フォーシュルヴァンを助けるため馬車を持ち上げるヴァルジャンと、それを上から眺めているジャヴェールの視線が合うところなどはとても好き。それからジャヴェールの自殺は、落ちてゆくシーンそのものはなくて、橋に遺された外套とステッキとシルクハット、という淡々とした表現だ。個人的には、非常にシルエットが美しい映画ゆえに、落ちてゆく姿を遠景で描いて欲しかった気もする。

 総じて、非常に良い作品だと思う。リアリティと美がうまく共存している。だが決してハラハラドキドキと展開するような映画ではない。予備知識がないとちょっと感覚的には物足りず、レ・ミゼラブルとは堅苦しく難解な話のようだ、と勘違いされるのではないかという気もしてしまう。どちらかというと、すでに物語、世界、人物を好きなファンが、かれらが実際に動き出すのを見て楽しむというのに向いているかもしれない。音楽もなかなか良くて、特に主題となっている古き良きパリ風の旋律がとても好き。


※1、3 これは、ないものと思っていたら、ビデオ化の際にカットされたものだったらしい。詳しくは後述。

※2 と思ったが、よく見ると駆けている二人は結婚式の衣装で、別の意味があるのかも……。

※4 ヒアリングに自信ないため、原語は間違っているかも。フランス語は二人称が複数あり、 "vous" は「おまえ」ではなく「あなた」だが、字幕はプロローグは単に「釈放する」、エピローグでは「お前は自由だ」となっていた。日本語的にはここで「あなた」ってのも変だが。なおこの表現は、アラスの法廷で誤って逮捕されたシャンマテューに、名乗りを上げたマドレーヌ市長が告げる言葉としても出てくる。

DVD版追記

 後にDVDを購入したところ、上記のVHS版ではカットされていたシーンがかなり収められていたため、補足。VHS版が手元にないので記憶が曖昧だが、重大なカットはおそらく、

・ヴァルジャンが出会う前のミリエル司教に関するシーン
・ファンティーヌがテナルディエ夫妻にコゼットを預けるシーン
・テナルディエがマリユスのところへやってきて真実が明かされるシーン
・エピローグ

 だと思われる。

 先二つは、無くても話の流れはわかるので仕方がないが、残念。もちろん原作ほど細かくはないものの、ミリエル司教個人をこれほど詳しく描いた映画は、私が観た中ではこれだけ。これ、司教様役がハマってるのもあって、とても素晴らしい。やはりミリエル司教の人となりが解らないと、重要な「銀の燭台」のエピソードの意味も少しばかり薄らいでしまう。ジャン・ヴァルジャンが如何にして再生し得たかということは、私は原作冒頭にあるミリエル司教のくだりを読んで初めて感情的にも納得がいったものである。

 コゼットをテナルディエ夫妻に預けるファンティーヌのシーンは、原作では当時三歳のはずのコゼットを八歳時の子役と同じ人物がやっていて、これはその後に流れる時間が感じられずかなり不自然。この映画全体の雰囲気からするともしかしたら、あまりに小さい赤ん坊を預けてしまうというある意味での「悪い母親の面」を避けた措置なのかもしれないが、ちょっと謎。

 テナルディエがマリユスの元にやってきて、真実が明かされるシーン。これをカットするのは酷いと思うが。重要なところじゃないの? ちなみにテナルディエは、マリユスとコゼットが食事をしている最中にやってくるのだが、このジルノルマン家の食卓はマリユスが結婚の許可を得にジルノルマンの元へ戻る際にも出てきて(こちらはVHS版でも収録)、この映画では数少ないブラック・ジョーク的なシーンで面白い。

 エピローグのカットというのは、前述の徒刑場のシーンが再現されて「お前は自由だ」というところで実は、終わっていなかったらしい。このシーンの後、喪服のコゼットとマリユスがヴァルジャンの墓の前に佇み、墓碑銘がナレーションされて終わる。それに、一瞬ではあるが、コゼットとマリユスがちゃんとヴァルジャンの元へ辿り着くところもある。(これ、VHSではどうもなかったように思うのだが……気のせい?)よかったよかった! と思っていたら、実はこのDVDには鹿島茂氏による(この映画の)あらすじ紹介が付いていて、それによると「マリユスはあわててジャン・ヴァルジャンのもとに駆けつけるが、彼はすでに事切れていた」。……やっぱりそうなの? それって、良いの? まあ、私としてはジャヴェールとのラストシーンが好きなので良いような気もするけど……。

 その他、細かいところでは結構削られていたことがわかった。ストーリーの流れもより解りやすい。そしてVHS版とは字幕が異なるため、新しい発見もあったり、それでいいのか? と思うところもあったり、こればかりは残念ながら原語を聴き取らない限り、真実はわからない……。残念ながらフランス語の字幕はなく、さらに日本語字幕は消せない。

 印象に残った字幕の一つに、ジャヴェールが最後に書き残す意見書がある。この中の「(尋問内容を口外するのは)聖職者である警官にあるまじき行為である」というくだり。ここの原語はどうやら原作の文章がそのまま用いられているようなのだが、VHS版では単に「神聖な〜」とされていた気がする。しかしDVD版では「聖職者である警官」となっている。おそらくこの字幕は意訳だが、彼にとっての警察はまさに聖職だった。ジャヴェールの直向きで敬虔な(そしてその信仰が行き過ぎてしまった)生き様を愛する私にとって、この表現はとても印象的だった。